社会人留学の決断の経緯~謎の記録、始めました~
オーストラリアへの院進をする予定のカナディアンです。
割と人生の中でも大きめな決断、その経緯や関連することを記録していきたいなと思い、始めてみました。
自分の記録用メインになるかもですが、誰かのお役に立てたら歓喜です!
今回は初の記録ということもあり、「仕事を辞めて新しいことをするという決断をなぜできたのか?」をメインに書いていこうと思います。
(なぜオーストラリア?なぜ院進?などは後日書けたらいいな。)
その前にワイの経緯をちょいと書いておきます。興味ないと思うのが正常ですので、遠慮なく読み飛ばしてくださいね。
1998年 愛知県の西三河地方に爆誕(私の血液は赤味噌でできているといってもいいくらい赤味噌大好きマンです。)
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| 泣いたりわろたりして人生を過ごす(割愛)
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2021年 大学を卒業し、社会人になる。
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2025年 2月に院進を決意
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2025年 4月で社会人5年目の予定
こんな感じです。割愛しすぎな人生ですね。
至って普通の社会人といったところでしょうか。
さて本題です。なぜ、仕事を辞める決意をして新しいことに挑戦しようと思ったのか。理由は主に4つです。
①大事なお金を有形のものに使いたくない
②コンフォートゾーンから抜け出したい
③終焉を迎えるときに、「ああ、あれしておけばよかったな」と思いたくない
④このまま働いていると大事な何かを失いそうで怖い
詳しく見ていきます。
①大事なお金を有形のものに使いたくない
社会人2年目ごろから、この考えが私の価値観を形作り始めました。つまり、「目に見えるもの」に自分のためのお金を使わない、ということです。たとえば、ブランドものの服や高級車など。万が一、買える余裕があったとしても、自分のためには買いません。
きっかけは、『Think Clearly』という本を読んだことだったと思います。それまでは、今振り返ると驚くほど、目に見えるものにお金をつぎ込んでいました。気づけば1日で2〜3万円が消えていた…なんてこともザラ。かわいいアクセサリー、ブランド物の服、流行りのコスメ……お金が溶けていく感覚、わかりますよね?
でも、目に見えるものって、極端に言えば、誰かにもらったり、誰かにあげたりできる。そのくらい簡単に所有者が変わる。ある意味、とても儚い存在です。
一方で、目に見えないもの――つまり、自分の中に蓄積されていく無形のものは、完全に自分だけのもの。誰かにそのままあげたり、もらったりすることはできません。この「特別感」が、私には刺さりました。
②コンフォートゾーンから抜け出したい
正直、今の状態はかなり安定しています。
仕事も決して簡単ではないけれど、5年目近くにもなってくると「目をつぶっても仕事できるんじゃないか?」と思うくらい慣れてしまうこともあって。(絶対にしませんが)
普段の生活も、徒歩圏内に生活に必要なお店や施設が全て揃っている好立地なところに住ませてもらって。実家暮らしだし、食事などに困ることもない。(もちろんお手伝いはするけれど)
「すごく安定していて快適だけど、このまま続けていてもいいのかな?退化していないかな、自分。」とふと思うことがありました。
人間は慣れの動物だから、強烈な根が生えたらこれは引っこ抜けません。「慣れという大きなカブを引っこ抜くなら今!」と決意したのでした。
③終焉を迎えるときに、「ああ、あれしておけばよかったな」と思いたくない
死ぬときに「これやっておけばよかった」と思いたくなかったのです。自分のやりたいこと、挑戦したいことはやりきってから人生を終えたい。これに尽きます。「ちょっと早まりすぎじゃない?」と思われるかもですが、日常はずっと続くとは限らない。②に繋がりますが、1年後に同じ決断をするのは、カブが成長しすぎてさらに大変なことになるだろうと思ったことも大きかったです。
④このまま働いていると大事な何かを失いそうで怖い
「働くこと=社会貢献」であることは間違いないし、その中でも私の勤務する会社は社会貢献度の高い会社でした。それ自体に違和感は感じていなかったです。しかし、電車という名の労働者輸送機のガラスに反射する、業務に追われ仕事に疲れた虚無状態の自分を見るたびに、心の大事なものを失いそうな気がしていました。
実際に、やる気がなくなったり、今まで感動していたものやかわいいと思っていたものを、心からそう思えなくなっていたり…。なぜかわからないけれど、メンタルに何か怪しい影がうろついていました。
アドラー心理学でいう、「仕事のタスク」に偏りすぎてしまって、ストレス過多になっていたのが原因ですかね。
以上です。決断できた理由においては、「海外に住みたい!」「自分は将来こうなりたい!」という明確な何かが1番あったわけでもなく。「自分の現状を変えたい」という思いがトリガーになった感じです。
もちろん、院進して成長したい姿はありますが。
それではこの辺にしておきます!今日はここまで!오늘은 여기까지! 😊
カナディアン